日本の教育の未来が加賀にあった
加賀市の小学校を視察。ぶったまげた。
と同時に、ここに未来がある、という希望を持てた。
加賀市立山代小学校。外見はどこにでもある普通の小学校のように見える。(石川県では小学生にも制服があるようで、そこは東京で教育を受けた僕からはやや珍しかったが)
小学校5年生の算数の授業。授業の挨拶をして今日のゴールを確認した後、授業が「勝手に」始まった。子ども達が、自分で各々の勉強を始めたのだ。個人で進める子もいれば、友人たちと進める子もいる。中には、グループの子どもたちに教えている子もいる。
どういうことか。
これは、カテゴリーで言うと、自己調整学習もしくは自由進度学習という。従来の、先生が一斉に説明をし、それを生徒が黙って聞く、という一斉授業形式に対して、子どもたちが自分の学び方を決め、自己学習を進めていくやり方だ。
(ただ、自己調整学習や自由進度学習というカテゴリは定義に幅があり、彼らはあえて「子どもに委ねる学び」という呼び方をしている。後述したい)
「こういう授業の仕方、最初はびっくりしなかった?」
と聞くと
「先生の話聞くだけより楽しい。自分で進められるし、分からないところは友達に聞けるし。」
子どもたちはワイワイ言いながら、課題をどんどんと進めている。クエストというゲームのようなお題もあって、楽しく取り組んでいく工夫が凝らされている。
なんてこった。これが自分の小学校の時にあったら。
授業中はいつも退屈だった。先生が黒板に書いたことをひたすら写すことを強要され、分かりきった内容を何度も聞かされ、喋るとキレられる。ずっと座ることが苦痛で、うろつくとまたキレられる。本当に学校が嫌いだった。私立中学に行っても状況は大して変わらず、先生に殴られたら殴り返せるくらいのガタイになった高校以降は、授業中は内職(授業と関係ない科目の勉強)ばかりしていた。
思うに、自分は勉強が嫌いだったのではない。本を読むのは大好きだったし、知らないことを知ることはとても楽しかった。だから予備校は好きで行っていた。
嫌いだったのは学校であり授業だった。聞くだけで主体性を奪われ続けるのが我慢ならなかった。
しかしこの「子どもに委ねる学び」であったなら、僕は自分の進めたいように進めることができ、得意な内容は友人たちに教えることで退屈することもなかったろう。
【「委ねる学び」における先生の役割】
「授業中に子どもが勝手に勉強勧めるんだったら、じゃあ先生は何やってるの」という疑問を抱く人もいるだろう。先生は、教室と図書室に散らばった子どもたち全員を、歩き回りながら観察する。一人ひとりの進度や好奇心を持って取り組めているかを見る。つまづいていたり集中力を切らしていたりしたら、語りかける。
「以前の一斉授業だとどうしても取りこぼしてしまう子がいましたが、この形だとフォローアップもしやすいです」
と先生は語っていた。
先生の多忙さにも一役買えるのではと感じたが、ちゃんとファシリテートするための準備は当然必要なようだった。
【自己調整学習の流派】
自己調整学習や自由進度学習という概念は幅があって、いくつか流派というか出自の違うメソッドが包含されているそうだ。
例えば、「分数の割り算」という単元を超えてガンガン進めることができるほど裁量を子どもたちに渡すやり方もあるし、この授業中は単元は超えずに深めていこう、というやり方もある。
また、AIドリルをひたすら解くような「作業」的なやり方もあれば、友人たちと教え合ったり一緒になってチームで協働的に答えを導いたりする方法もある。
さらに、冒頭で一斉にレクチャーを入れて後は自由進度時間を入れるやり方もあるし、PCにあるスライドや動画を各々見てもらうことで一斉レクチャーを完全に代替するやり方もある。
加賀市の「子どもに委ねる学び」では、ひたすらAIドリルで作業しまくり、できるだけ遠くに進む、ということではなく、一定の単元ごとに学びの狙いを明確化し、グループで協働しながら学んでいくことに重点を置いている印象であった。
【教育改革を可能にさせたのは】
「なぜこれを全国でやれないのか」
そんな疑問が湧いた。
一つはこうした教育改革を行う人材。加賀市の場合は市長の強い想いから、文科省からエース級人材を引っ張ってきた。現教育長の島谷千春さんだ。
そして彼女を強い政治的リーダーシップで守る宮元陸市長の存在が大きい。
「北陸は保守色が非常に強いのに、なぜこうしたリベラルな教育改革を行えるのだろう」というのが次の疑問だった。
市長の問題意識としては以下のようだった。加賀市の主な産業は製造業と観光であるが、このままでは新産業の創出はなかなか難しい。行政ができる産業政策は限界がある。ならば、教育を変え、未来の産業を創る発想と行動力を持つ子どもたちを育てることが、中長期的に最も優れた産業政策になるだろう、と。働く場がなければ、人口は流出するだけで、街は死んでいってしまう。
これはまさにその通りで、日本のほぼ全ての地方に当てはまるだろう。
これを読んで「じゃあうちの学校にもやってもらおう」と思った人もいると思うが、学校がやろうと思っても、教育委員会にそれを支えるプロジェクトマネージャがいないと機能しづらい。
現場の先生方も、上から「なんかこういうメソッドが良いみたいだから、やってや」と言っても「は?現場分からんあんたが何言ってんの」となってしまう。先生方の思いを聴き、受け止めて、一緒になって「じゃあうちの地域ではどんな形にしようか」ということを話し合いながら進めていかないと、新たな仕組みは根付かない。それは植物に似ていて、向こうからこっちに樹を持って来れば育つ、ということではなく、そのために土を耕し、土壌を慣らし、植えた後も継続的に水と栄養をあげなければならないのだ。
【未来の教育のモデルへ】
正直、加賀市がこんなすごい教育改革をやっているということを、こども家庭庁の有識者会議のメンバーである僕も知らなかった。それくらい、まだ新しい取り組みで、加賀市の中でも進捗や実践の濃淡はあるようだ。
しかし、これは全国のモデルになる、と僕は思う。
進んだ教育メソッドをやっている私立の学校やオルタナティブスクールはある。しかし公立の学校が変わらねば、この国の教育は変わらない。加賀市の事例は、その可能性を示してくれている。
なので、全国の政治家や教育関係者の方は、加賀市に視察に行ってほしい。そしてその足で、能登にボランティアか観光に行って、人手とお金を落としてほしい。美味しいお魚とお酒が溢れているので、お金を使うことに難しさは全くない。ちなみに加賀温泉駅の近くの「一力」という和食屋さんはミシュランガイドにも載っていて、もう最高の一言だった。
最後に、視察アレンジをしてくださったNPOカタリバさんと、受け入れをしてくださった加賀市教育委員会・学校関係者の皆さんに心から感謝を。
参考WEBサイト:
加賀市学校教育ビジョン
https://www.city.kaga.ishikawa.jp/ed/10105.html
▼2023年6月21日北陸朝日放送(HAB)「ふむふむ」
報道ゲンバ:「そろえる」から「伸ばす」教育へ!加賀市学校教育改革