「助けて」と言えない社会を変える。福祉の専門家と考えるアウトリーチの未来とは?
あなたは今の日本の福祉の課題、「申請主義」を知っていますか?
※申請主義とは、市民が行政サービスを利用する前提として、自主的な申請を必要とすることです
こども宅食では、申請主義を打破すべく、利用者さんが簡単に申し込みができるよう「スマホのフォームのみでの申し込み完結」というハードル低くする工夫をしています。また、誰にも見られない形で「ご自宅に食品をお届けする」というアウトリーチ的手法を使っています。
今回は、申請主義を越えたのちに訪れる、予防型の福祉の一つの形である『アウトリーチ』の可能性について、ソーシャルワークについて先進的な取り組み行うお二人と対談をさせて頂きました!
(文頭写真左より)
伊藤次郎。NPO法人OVA代表理事。精神保健福祉士。検索連動広告を用いて自殺ハイリスク者へのアウトリーチするネット相談事業を行っている。
駒崎弘樹。NPO法人フローレンス代表理事。病児保育や、小規模保育園、障害児保育園なども手がける。内閣府「子ども・子育て会議」委員などを務める。
横山 北斗。NPO法人Social Change Agency 代表。社会福祉士。ソーシャルワーカーの人材育成やネットワークづくりを手掛けている。
※アウトリーチとは……福祉分野では、「支援が必要であるにもかかわらず届いていない人に対し、行政や支援機関などが積極的に働きかけて情報・支援を届けるプロセス」のことです。
申請主義問題と誰かの「助けて」を阻害してる社会の壁
駒崎:お二人は、病院や精神科クリニックといった現場から飛び出し、困ってる人に寄り添っていくために、アウトリーチを重視した活動をされています。
アウトリーチが重要視される背景には、申請主義という課題があると思います。お二人は、この申請主義の問題についてどう考えていますか?
横山:申請主義とは、市民が社会保障制度の利用等の行政手続きにおいて「私はこういう困りごとを抱えているのでこの制度を使えるようだ。」と情報を探し、窓口に自ら足を運び、「使いたいので申請します。」と申し出ることが必要であることを指す言葉です。
しかし、たとえば障害を持っていたり、ダブルワークで忙しくしているご家庭は、窓口の開いている9時~17時の間に自治体の窓口に手続きに行けなかったりします。
また、最近では外国籍の方が増えているので、そもそも言語の問題で日本の制度にアクセスできないこともあります。
「申請主義」という前提があることによって、社会保障制度を利用するためのアクセスに問題が生じています。
駒崎:なるほど。困っている人ほどアクセスができなくなってしまいますね。
伊藤:様々な要因で追い込まれているような人たちは、助けを求める力、つまり援助要請能力(ヘルプシーキング)がもともと弱かったり、苦しい状況に追い込まれると更に弱くなっていってしまいます。
「自分は迷惑を掛けてしまう」と思うと周囲に助けを求められない。そのような心理状態になる人たちに、申請を待っているだけの「申請主義」だとリーチできない、という問題があります。
駒崎:なるほど。でもこれって、なかなか一般の人からはわかりづらい話ですよね。「困ってるなら来ればいいじゃん」「相談すればいいじゃん」って言われがちですよね。
伊藤:個人の問題としてではなく、社会的な問題として捉えなくてはいけません。たとえば、「うつ病になるやつは弱いやつだ」という偏見があります。
これを「スティグマ」というのですが、そのような偏見を社会の構成員みんなが持ってしまうと、つらい状況のときに誰かに相談しづらくなってしまう。
このような偏見、社会側の問題が、困りごとを抱えた人のSOSを阻害しています。これは生活保護に顕著にありますよね。
そういった意味では、「助けて」と言うのを阻害している、社会の壁みたいなものを打ち壊していく必要もあると思っています。
駒崎:そうか……文化も変えないといけないですよね。
少しでもハードルを下げて、ヘルプを求める人たちがアクセスしやすいようにしていかないといけないですね。
そのヘルプシーキング能力っていうのは、福祉の現場だけではなく、実は、普通の働く現場でも言えますよね。仕事でつらいときに抱え込んじゃって、ブラックボックスみたいになってしまって、ヘルプシークできないこともあるから。
わりと一般的に見られる現象ですが、社会的には認知されていない部分です。
福祉業界におけるアウトリーチの位置づけとは?
駒崎:ソーシャルワーク業界におけるアウトリーチとは、どのような位置づけですか?
横山:アウトリーチとは、生活上の困りごとを抱えている人が相談機関に来所してくるのを待つのではなく、困りごとを抱えた人のいる場所に出向いて相談援助を行うことを指しますが、「ご自宅に訪問していく」という文脈で使われることが主流になっているかもしれません。
駒崎:アウトリーチは昔から存在するけど、わりと狭い文脈で使われていたんですね。しかし、なかなか実践に落とし込むのは難しいと思うのですが……。
伊藤:そうですね。アウトリーチはほとんどの場合「訪問支援」の意味合いで使われいて、積極的に支援や情報を届けるという広義の意味合いはあまり使われてこなかったんです。
駒崎:確かに本とかで読むと「家庭訪問」とか、そのような限定的な意味合いが強いですよね。
福祉全体を広く包摂できるような、「待ってるだけじゃなくて届ける」という意味合いのアウトリーチと定義し直すべきですよね。
ソーシャルワーカー業界的には、そのアウトリーチに関しての捉え方の変化はありますか?
横山:例えば自殺対策の分野では、どこに自殺を考えるほど苦しんで困ってる人たちがいるのかわかりません。
最近やっと、ソーシャルワーカーが発見し、気付いていくためにはどうすればいいのかということが福祉の現場でも言われるようになってきました。
駒崎:「こども宅食」は、子どもの貧困や、子どものリスクを軽減する機能があると思いますが、日本の子どもの貧困って、スラム街があるわけではないので見えにくくなりがちです。
親御さんたちも「私困ってます」と言いにくいし、誰にも見られない形で支援を受けたいと思っています。
だからこそ、どうしても見えなくなりがちな「見えない困った」や、誰もキャッチできないような心の叫びを感度高く発見し、こちらから出向いて支援を実践していく、というような営みがアウトリーチの中にあるのではないかと思います。
情報発信は重要なアウトリーチ
駒崎:申請主義自体を変えていく方法についてどのように考えていますか?
横山:一つは、情報を届きやすくするということですよね。
伊藤:困っている人たちに適切なタイミングで、ピンポイントに情報を届けていくことが必要だと思います。
最近のネットショップでは、消費者の非常に細かな行動履歴のパターンが読み込まれて、セール情報などがリコメンドされてきます。その上で、「あ、この商品いいな。買おう。」と私たちも行動を促されます。
福祉もそんな風に、利用者に合った情報を積極的に発信していく必要があると思います。
駒崎:それはすごくいいと思います。先日フィンランドで導入されているAuroraAIというのを知りました。
森まさこ元少子化大臣により、フィンランドのオーロラAI解説。
①人々の課題をセグメント化
②AIによるチャットボット診断
③ニーズにマッチングするサービスを官民連携で提供これから実装していくとのこと。 pic.twitter.com/ViHcZER8zb
— 駒崎弘樹 @「こども達のために日本を変える」フローレンス 会長 (@Hiroki_Komazaki) September 26, 2019
AuroraAIは、「あなた今これで困ってませんか?」とリコメンドして、プッシュ型で福祉の情報を送ってくる仕組みなんです。
画期的ですごいなと思いました。これが日本でも導入できれば、「保育園の申請忘れてませんか?」とか、「予防接種打ちましたか?」とか、情報をアウトリーチ的に届けることが可能になると思います。
横山:それは面白そうですね。ぜひ日本でも取り入れたいです。
伊藤:また、先ほどの申請主義を乗り越える手段として「申請の簡素化」という手段があると思います。
たとえば、こども宅食は、LINEで申込ができますよね。やはりLINEというのは、今の子育て世代の親御さんが日常的に使っているコミュニケーションツールです。
その日常的に使っているツールを導入することによって、アクセシビリティーを高めてあげることも重要だと思います。それもきわめてアウトリーチ的だと思います。
駒崎:おっしゃるとおりですね。実は最初、LINEを導入しようかと話し合った際に、「スマホを持っていない人がいるんじゃないのか」「LINEを使っていないのではないか」みたいな話もありました。
しかし、ふたを開けてみたらスマホを持っていない人ってあまりいなかったんです。たとえ、経済状況が悪かったとしても携帯電話やスマホなどの必需品は、持っているんです。
親御さんたちが普段使っているツールにこちらが合わせていくべきなんだなとすごく感じました。そのような申請のハードルを下げていくことも含めて、アウトリーチだと思います。
横山:そうですね。自分が困ったときに、情報を積極的に求めなくても自然と自分に合った制度やサービスが来てくれるというのは望ましいと思います。そのような社会を実現したいですね。
駒崎:いいですね。
伊藤:他には、出生届を出した瞬間に、児童手当をデフォルトで申請するということもできればいいなと思います。
みなし処理をして、必要のない人は、あとで申請を引き下げるとか。できるところからデフォルト申請というものを取り入れていければいいなと思います。
駒崎:それはとてもいいと思います。そもそも出生届を出しに行くのではなく、そのまま病院で出生届を書いて提出できればいいのになと思います。
伊藤:申請を受け付けられる場所を増やしていくという考え方ですね。
市役所だけでなく、病院でも受理できるようになれば親御さんの負担は減りますよね。
駒崎:病院で受理できればいいですよね。
あと、たとえば「こんにちは赤ちゃん事業」という取り組みがあるのですが、その「こんにちは赤ちゃん事業」の時に全部申請を一緒にできればいいのではないかと思います。
「あなたは、この制度が必要ですね。ではここで説明します。これは……」って。わざわざ窓口に行かなくても、様々な制度やサービスを活用できると思います。申請自体をなくしていく方向は、進めていくべきだと思います。
あるいは、こちらから出張って当事者のもとへ行き、申請を提案するなど。どんどん積極的にやっていくべきだろうなと思います。
国から変革を
伊藤:行政は、国のガイドラインなどに基づいて実践していくので、国の文書やガイドラインに、アウトリーチや積極的に支援を届けるという文言を入れていく必要があると思います。
自殺総合対策大綱では、「ICTを用いたアウトリーチ」と明記されてから、様々な自治体で取り組みが一気に広がりました。
参考:厚生労働省 自殺総合対策大綱
駒崎:今回、「子供の貧困対策に関する大綱」にようやく、支援が届かない世帯に支援を届けていく重要性やアウトリーチ的な文言が入りました。
これは大きなことだと思いますが、今後我々としては、そのような国のあらゆる大綱やガイドラインにアウトリーチを盛り込んでいくということを徹底的に行っていく必要があると思います。
伊藤:政策提言を行っていく必要があると思います。
自殺対策や子どもの貧困の領域で、実績や事例が出てくると、他の領域でも「どんどんやっていこう」となります。
領域を横断的に連携して、国に働きかけていくのも、我々NPOの使命だと思います。
横山:我々が動いていかないと、いつまでたっても末端の福祉現場の工夫等で終わってしまいます。
今後のソーシャルワーカーのあり方とは?
駒崎:今後アウトリーチを強化していく中で、ソーシャルワーカーなどの専門職として必要なことはなんでしょう?
横山:困っている人が実際どこにいるのか?そういった人はどのような生活を送っているのか?という想像力を働かせた上で、ソーシャルワーカー1人1人が日々の実践を行っていく必要があると思っています。
駒崎:北斗さんから見て、アウトリーチというのは、現在どのくらいのソーシャルワーカーの心のなかにインプットされているんでしょうか?
横山:ソーシャルワーカーはみな、待っているだけではだめで、アウトリーチが重要であると感じ、問題意識を持っています。
しかし、アウトリーチの手法の蓄積が少なく、そこがアウトリーチを行うことを阻む現実的な問題かと思います。アウトリーチの概念整理と、実践の手法の整理をソーシャルワーカーみなでやっていく必要があると思います。
伊藤:もちろんソーシャルワーカーはみんな、アウトリーチのことを知っていますし、制度の狭間で苦しんでいる人たちがいることについて大きな問題意識として持っています。
しかし、横山さんが仰るとおりで、現場の専門職は、どう動いていけばいいのかわからない。だからこそ様々なアウトリーチのメニューを構築していき、効果があるのだという実績を出した上で、それを政策として落とし込んで行く。
そのような循環が必要になってくるのかなと思います。
駒崎:この「アウトリーチ」という言葉で福祉業界が連帯していきたいですね。政策メニューに乗るためにはアウトリーチを実践しているみんなで横につながることも大切だと思います。
伊藤:そうですね。全国各地でいろいろとユニークなアウトリーチが行われているので、そのアウトリーチャーが集って議論するとか面白そうですよね。
駒崎:いいですね!いつかアウトリーチサミットやりましょう。
まだまだ日本のアウトリーチの分野は荒野です。一生懸命、ちょっとずつちょっとずつ耕していく段階です。同志たちと一緒に、ノウハウを蓄積していきたいなと思います。
アウトリーチには、色々なやり方がありますし、そこでひとつひとつ効果が出ていければ、共有しあえるし、いい刺激になると思います。
伊藤:「助けて」と言えない人たちがたくさんいるということを、ソーシャルワーカーや専門職はみな実感しています。
だからこそ、「助けて」と言えないことを個人の問題や責任として押し付けるのではなく、ソーシャルワーカーの私たちが「助けて」と言いやすい社会、安心して「助けて」と言える社会をつくっていく必要があると思います。
福祉支援者側も変わらないといけないと思います。
駒崎:一緒に社会の風土をそして政策も変えていきましょう。そして私たち自身も変わっていかないといけませんね。
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伊藤さん、横山さん、ありがとうございました!
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