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保育・幼児教育の第一人者、無藤隆先生に訊く!保育所保育指針改定のポイントから読み解く、保育の専門性とは

 今年2017年は「幼稚園教育要領」「保育所保育指針」、そして「幼保連携型認定こども園教育・保育要領」の3法令が改定された大きな節目の年でした。

 保育関係者や保育を学ぶ学生さんなら「保育所保育指針」が約10年ぶりに改訂され、2018年(平成30年)4月に施行されることはご存知の方が多いと思います。

 保育所保育指針は、1965(昭和40)年に保育所における保育内容の基本原則として制定されたものであり、保育所における一定の保育水準を保持するために、各保育所が行うべき保育の内容等に関する全国共通の枠組みとして保育の基本的事項を定めた、いわば「バイブル」的な存在です。

 「就学前教育の必要性」「待機児童問題」「子どもの虐待問題」等さまざまな社会情勢を反映して改訂された今回の新バージョンのポイントはどのような点なのでしょうか?

 病児保育、障害児保育、小規模保育などさまざまなタイプの保育事業を運営するフローレンス代表駒崎が、「保育所保育指針」ならびに「幼稚園教育要領」「認定こども園教育・保育要領」の3法令の同時改訂に中心的に関わられた、無藤隆先生にインタビューしました。

 

プロフィール

無藤隆(むとう たかし)先生

白梅学園大学大学院特任教授 子ども学研究研修所長。

お茶の水女子大学生活科学部教授などを経て、平成16年から白梅学園短期大学学長、平成17年より平成19年10月まで大学学長。平成29年3月まで白梅学園大学子ども学部教授。平成29年4月より現職。文部科学省中央教育審議会委員、内閣府子ども・子育て会議会長をはじめ、保育・幼児教育に関する政府審議会・調査研究会等の座長等を多く務める。

 
 

教育業界・保育業界に起きた、大きな変化

駒崎:無藤先生、まずはこれまでのお仕事についてご紹介をお願いできますか。

無藤:お茶の水女子大学で教え始めたのは30年前でした。

私の専門は乳幼児の発達心理学で、基礎研究よりは保育のなかでどう実践できるか、役立てるかを一貫して意識してきました。なかでも、幼児教育の良さをどうにデータで表すことができるかを考えてきましたね。

幼児教育で自分が関わったことは大きく2つあって、文部科学省で学習指導要領や幼稚園教育要領の改定、内閣府で子ども・子育て支援制度の創設にそれぞれ関わってきたことです。

駒崎:30年間、教育業界や保育業界をご覧になってきて、変化は大きかったですか。

無藤:いろんな意味で大きかったですね。

幼児教育研究は、古くは1960年代から始まりましたが、その成果が世界中で引用され、広く知られるようになったのがいま、2010年代です。

ノーベル経済学賞を受賞したヘックマンの研究(※)は優れた研究の1つで、ご存知の方も多いでしょう。

(※1960年代にアメリカで行われた「ペリー就学前計画」などを指す。質の高い幼児教育は長期的に見て社会全体に大きな利益をもたらすという結果。詳しくは駒崎の解説記事をご覧ください)

これら研究成果が広く知られるようになったことと同じタイミングで待機児童問題がクローズアップされたのが、日本特有の事象ではないでしょうか。

ヘックマンをはじめとする一連のすぐれた幼児教育の研究は、日本で幼児教育に関わる関係者の意識を動かすきっかけになったと思います。

「幼児教育を教育としてシリアスに受け止める」ようになりましたね。

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駒崎:「幼児教育をシリアスに受け止める」というと、具体的にはどのような事例がありましたか?

無藤:私は長年、政府の審議会・調査研究会の会議に出席してきました。
かつては、例えば幼稚園の先生について「若い女性で、楽しく子どもの相手ができればよい」といった固定概念を持って発言する参加者がいました。

でもここ5年くらいでしょうか。そんな固定概念を持った参加者は一人もいません。幼児教育の質の中身まで理解できているかどうかはわかりませんが、幼児教育が大切であることは政府の審議会・調査研究会参加者共通の認識になりました。小学校進学以降の土台としても大事だということを、シリアスにとらえるようになっています。

駒崎:2010年代、日本も遅ればせながら就学前の質の高い幼児教育を重視する方向に舵をきったということですね。

 

保育所保育指針改定の変遷と、2017(平成29)年改定のポイントとは?

駒崎:さて、今年2017年は「幼稚園教育要領」「保育所保育指針」、そして「幼保連携型認定こども園教育・保育要領」の3法令が改定された大きな節目の年となりました。 われわれ保育事業者にとって関心の高い「保育所保育指針」の改定について、特に大きく変わった、あるいはわれわれが特にしっかりと変化を把握しなければならない点は何でしょうか?

無藤:最大の特徴は「3法令を一緒に考えたこと」です。

文部科学省、厚生労働省、内閣府とそれぞれ管轄している省庁が異なりますが、今回の改定では当初から共通にしようと考えて作業を進めてきました。

保育所保育指針に着目するのであれば、平成のはじめのころの改定から振り返るとよいですね。

1990年(平成2年)、児童福祉法の改定で保育士の業務規定が設けられました。「子どもを保育すること」はもちろんですが、「保護者を支援・指導すること」が保育士の業務となり、保育所保育指針に反映されました。

それまで保育所の役割は「保育に欠ける子どもを(家庭の代わりに)保育する場」に限定されていましたから、この規定はその後に起きる変化の出発点でしたね。

さらに前回の保育所保育指針改定(※編集部注 2008年(平成20年))の総則には「保育を専門とする職員が保育する」規定が入りました。保育士は子どもを預かるだけではない、独自の専門性が求められると明記されたのです。

もう一つ、この時の改訂では「保育計画」という言葉が「保育課程」に変わったのですが、これも保育所保育が、組織的に専門性や質の向上を図ることを意図したものです。

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無藤:そして今回の改定では、保育所保育の指導を「意図的計画的」に進めると改められました。そこでいう「全体的な計画」と「指導計画」は幼稚園教育要領でいう「指導計画及び教育課程」と共通した内容です。

つまり、先ほどご紹介したように、「3法令を一緒に考えたこと」により、保育所の保育は、家庭的な養育の延長とは明らかに違う、計画的で独自性を持つという特徴をさらに推し進めました。一言でいうと「保育がカリキュラム(教育課程)になった」というですね。

 

「子どもの発達にあわせた保育」で終わらせない、その先にある保育とは?

駒崎:保育所保育は家庭で行う保育とは違う「独自の専門性が求められる」というお話がありました。今回の保育所保育指針の改定で、独自の専門性に関する内容は含まれていますか?

無藤:保育所保育が持つ特性、視点を明記することで、独自の専門性、保育士の直接的、間接的な関わりの原則が含まれています。この点はこれから出る解説書にも盛り込まれます。

前回(2007(平成20)年)の改定までは「子どもの発達(月齢、年齢)にあわせて保育する」、子どもに寄り添う視点でした。子どもの発達にあわせた保育は必要ですが、それだけではない保育士独自の関わり方があるということを、今回の改定で規定しています。

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駒崎:保育所保育指針において子どもは「3歳以上児」と「3歳未満児」、3歳未満児についてはさらに「1歳以上3歳未満児」「(1歳未満の)乳児保育」に細分化して記載されている箇所もありますが、それぞれの区分での記載に特徴はありますか。

無藤:まず「3歳以上児」については、幼稚園教育要領と実質的に同じになっています。

いわゆる5領域と呼ばれる、保育のねらい及び内容に関する「健康」「人間関係」「環境」「言葉」「表現」の定義や内容も共通になりました。

「3歳未満児」については、保育所独自の表現ですね。保育士が該当年齢の子どもとどう関わり、どのように本質的に関わって保育するかの視点で書かれています。

ここでは前回までの発達の過程だけではなく、小学校入学以降を見据えた乳幼児期の発達の連続性に着目していただきたいですね。

駒崎:発達の連続性に着目した保育が大切なのですね。

 

乳幼児期から意識しておきたい「3つの資質能力」

無藤:学校教育法では学校教育において重視すべき3要素、もしくは3つの資質能力という言い方をしています。

この3つの資質能力は当然、乳幼児期の保育とも密接に関わっています。子どもの人格の中核をなす乳幼児期の育ちを見ることで、はじめて保育が教育として意味を持つのです。

駒崎:3つの資質能力とは、どのようなものですか?

無藤:1つめは「何を知っているか、何ができるか(個別の知識・技能)」。

乳幼児期に言い換えれば「気づくこと・できること」ですね。例えば紙コップを力強くにぎってしまうと、コップがつぶれて中の水がこぼれることに気がつくといったぐあい。

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無藤:2つめは「知っていること・できることをどう使うか(思考力・判断力・表現力等)」。

あらゆるものに関して子どもが自分なりに関わる時に、一瞬止まってこれはどうなんだろうと考えることですよね。同時にお母さんや保育所の先生がやっていたなと、思い出したり考えたりする。試してみたり、やってみる、工夫するきっかけとなる力です。

そして3つめが「どのように社会・世界と関わり、よりよい人生を送るか(学びに向かう力、人間性等)」 。最初の2つの能力を推進する力ともいえます。

心が動かされる体験をすることで、おもしろい、不思議、きれいだな、何だろうといった思いが意欲を生み、好奇心が働いて実現してみようと思う動機や態度につながっていきます。

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無藤:平たくいうと、「頑張る」ということですが、「頑張る」という言葉で気をつけたいのは、つらいこと、やりたくないこともやることになってしまいがちなことです。

でもそれは乳幼児にとっての「頑張る」ではありません。乳幼児は半年先の見通しを立てることができません。例えば、乳幼児は自分にとってまずいものでも栄養によいから食べてみよう、とは思わないですよね。

乳幼児がその時、その時に見せる意欲を育てるのが保育士の大切な役割です。単に「頑張る」こととの違いは大事だと思っています。

駒崎:乳幼児にとっての「頑張る」力が大人が抱くイメージとは違うことがよくわかりました。

 

保育士独自の専門性が発揮できる「鍵」とは?

駒崎:3歳未満児は、この3つの資質能力との関わりをどのように考えて保育したらよいか、もう少しお聞かせください。フローレンスでは1歳未満の乳児や2歳までのお子さんもたくさんお預かりしているので、ぜひおうかがいしたいです。

無藤:心身との関わりと乳児保育の実際を考えると、生後6ヶ月から1歳3ヶ月、1歳4ヶ月くらいまでの時期にかけてが特にポイントですね。この時期には身体の様々な動きの進展があります。

こうして手を伸ばしてコップを取る動作を例にとってみましょう。

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無藤:生後8ヶ月くらいの時期になると、手を伸ばしてコップをとることができるようになります。

これが10ヶ月くらいの時期になると、コップの大きさにあわせて途中で指をすぼめることができるようにと変わっていくんですね。

8ヶ月から12ヶ月までの時期は「手をのばして物をとる」こと自体の発達が細かく、ゆっくり進んでいきます。

こうした変化はいつ起きるかわかりませんが、1週間あれば確実に子どもは変わります。
先週はやらなかったことを今週はやるようになることは、往々にしてあります。

そこで先週と同じ対応でよいか、今週はどこまで対応したらよいか試行錯誤していく保育士は、保育士独自の専門性を発揮することができるでしょう。

さらにいうと、保育士の関わり方によって子どもの動きは変わってきます。

「座る、はう、立つ、つたい歩きといった運動機能が発達する一方で人見知りをするようになる」というのが、前回までの保育所保育指針における記載でした。こうした発達の過程をもとに、保育所側では「床を清掃する」といったテクニカルな対応が優先されてきました。

しかし、物を置かないことは一見安全でよいことのように思えますが、裏返せば子どもが「手をのばして物をとる」機会が少なくなりますから、運動が停滞してしまうことにつながります。

保育士の物の置き方が、子どもの発達に影響を及ぼす可能性さえあります。

だからこそ、保育士の試行錯誤が必要なのです。

駒崎:乳幼児期の発達の連続性に考慮した保育を試行錯誤していくところに、保育士の専門性が発揮されるのですね。

無藤:そう思いますね。

駒崎:最後になりますが、保育士のもう1つの業務である「保護者の支援・指導」に保育士独自の専門性が発揮できるケースはありますか。

無藤:保育士が「保護者を支援・指導すること」の第一歩は、毎日昨日とは違う動きをし、毎日初めてできることがある子どもの様子を、保護者と共有して一緒に育てることでしょうね。

なかには家庭での養育が難しいケースもあるので、それについては別途支援が必要ですね。今の保育士の数だけで対応するのは難しく、これは現在の大きな課題になっています。保育所単体では難しいので、他の支援機関や専門家との連携が必要ではないでしょうか。地域包括支援をどう具現化して拡げていくかが、鍵になります。

駒崎:いま私はソーシャルワークの必要性を強く感じているところなのですが、保育所を利用する保護者の支援は、以前からすでに保育士の仕事として規定されていたということですね。また地域包括支援の具現化が課題であることを、あらためて再認識できました。

対談を通してこの30年は保育の専門性を深める時間であったこと、保育園と幼稚園が統合されてきたとともに、両者において教育的な観点と専門性が重要であることもわかりました。

本日は本当にありがとうございました。


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