「ちがいを ちからに 変える街。」多様性が共鳴する社会のつくり方
2017年10月1日、渋谷区初台に複合型保育施設「おやこ基地シブヤ」がオープンします。
渋谷区で初となる病児保育室、障害児保育園、シチズンシップ教育を取り入れた認可保育園、親子に伴走する小児科が一体となったこの施設のコンセプトは「すべての親子に保育の光を」。
渋谷区から土地を借り受け、認定NPO法人フローレンスが複合保育施設事業の運営を渋谷区公募に提案し開設に至りました。
長谷部渋谷区長が施設開設に託した想いとは?渋谷は今、どんな街になろうとしているのか?
長谷部区長にインタビューしました!前編に引き続き、後編をお届けします。
プロフィール
長谷部健
1972年渋谷区神宮前生まれ。3児の父。株式会社博報堂退社後、ゴミ問題に関するNPO法人green birdを設立。原宿・表参道から始まり全国60ヶ所以上でゴミのポイ捨てに関するプロモーション活動を実施。2003年に渋谷区議に初当選以降、3期連続トップ当選。2015年、渋谷区長選挙に無所属で立候補し、当選。現職。
駒崎弘樹
1979年江東区生まれ。1男1女の父。病児保育、障害児保育、小規模保育などの事業を通じて社会課題を解決する一方、政策提言で社会変革を推進する認定NPO法人フローレンス代表理事。渋谷区で初となる病児保育室、障害児保育園を含む複合型保育モール「おやこ基地シブヤ」を渋谷区初台に2017年10月1日に開設予定。公職に内閣府「子ども・子育て会議」委員など。
2020年以降のビジョンを見据えた基本構想の改定
駒崎:区長になってからの長谷部さんですが、目指したいビジョンについてお伺いしたいと思います。
「ちがいを ちからに 変える街。」という非常にゴロが良いタグラインが印象的です。
長谷部区長(以下、長谷部):就任してすぐに取り掛かったのは「基本構想の改定」なんですよ。基本構想というのは、地方自治体がそれぞれオリジナルで持っているもので、すべての政策はそれに紐付いて作られるという自治体の最重要憲章です。
渋谷区の基本構想は20年前のものでした。「自然と文化と安らぎの街」。
駒崎:まあどの自治体にでもあてはまってしまいそうな、最大公約数的なフレーズ。
長谷部:悪く言えばそうだね。それと、20年前の基本構想では渋谷区の人口は減少していくという前提に立っていたし、ITがこれだけ発達することも想定されていなかった。そして、大きな潮目となるオリンピック・パラリンピックの開催も当然予定になかった
2020年以降のビジョンをもちながら通過していかないともったいないな、と。基本構想の変更に伴い生まれた言葉が、先ほどのタグラインです。
長谷部:結局、行き着く所はすべて多様性、ダイバーシティ。
この街に僕は45年住んでるけど、渋谷はずーっと色んな人たちが交じりあって新しい価値を生み出してきた街なんです。
ファッションや文化の面は特にそうで、僕が小学校の頃は竹の子族、ロカビリー族、中学校ではDCブランド、高校はアメカジ渋カジ。ホコ天、バンド天国、渋谷系音楽、ギャル・コギャルとか……全部ストリートから発信されていた。ストリートが文化の発信源で、街の原動力になっていた。もっと強くしなきゃいけないって思った。
大きなビル開発もいいけど、そこから生まれるカルチャーとストリートから生まれるカルチャーはちがうんだよね。メインストリームとカウンターがバランスよくないといけないと思っていて。そこを何とかするのが、この多様性という言葉。まさに渋谷にポテンシャルがあり、拡げていくにぴったりだと思ったんです。
渋谷区の企業リソースをかけ合わせて誕生する、画期的な住民サービスの数々
駒崎:長谷部さんが区長になってから、渋谷区けっこう攻めてるな、というニュースが多いですが、今年話題になった「LINEを使った子育て支援」もその一つ。
ITが身近になった今、紙でお知らせを配っても読まないし、さらにメールよりもLINEの方が使われているという状況を即座につかんで情報プラットフォーム化をする、しかもAIを使うというのはかなり新しいなと思いました。区役所から出て来るアイディアじゃないな、と。
長谷部:区役所から生まれたんですよ(笑)
長谷部:税金をどれだけコストダウンできるか、企業の財・サービスを活用していかにより良い住民サービスを提供できるか、と考えたときに、当然子育て世代のLINE使用率は高く、渋谷区にLINE本社があって、渋谷で渋谷モデルをつくれば、LINEとしては全国の他のエリアに売っていけるんじゃない?という思いが合致した。
ユーザーからも「予防接種の案内がLINEでプッシュ通知が来るのはありがたい」など、好評ですよ。自分の町名と子どもの情報を入れれば、「近くで来週お祭りがあるよ」とかその子に合った情報が届くし、Q&AはAIだから使えば使うほど洗練されていくし、24時間対応できたりと、住民にとって非常にメリットが大きい。
だからといってこれをイチから「渋谷区が自前で開発するぞ!」とサーバーを作るところからやってたら、莫大なコストがかかってしまうけど、非常にありがたいことに今回はLINEさんのご厚意のおかげで税金は使っていません。
区側からすれば税金をなるべく使わずに企業とコラボして良いサービスができるという事例を見て、他の企業も「うちのリソースとかけあわせればもっといいことできますよ」と、CSRの観点からアイディアや文化を持って集まってきていただいている。
行政ができることなんてたかがしれていて、たぶん文化をつくるなんてことはできない。さっき言った流行なんて全部政治や行政とは関係なく生まれてきたこと。だからその民間の邪魔をしないで、企業の背中を押すっていうスタンスで、渋谷のリソースをかけあわせてシェアしていく企業連携を積極的に推進しています。
それが、渋谷ソーシャルアクションパートナー制度(S-SAP協定)っていう施策でして、LINEの他にも、セコムや京王電鉄、ビームス、サッポロなど多様な民間企業とサービス開発や街づくりを進めています。
何かと何かをハイブリッドさせていく「ちがいを ちからに 変える街。」
駒崎:行政は文化作りができないっておっしゃいますが、渋谷といえばハチ公前からのスクランブル交差点が外国人にとってはアイコンになっていて、交差点でセルフィー撮りまくってる。
この間109の前でも盆踊りをやったじゃないですか。「盆踊り?!すごい!」って思いましたよ。
行政の後押しがなければできないと思いましたが。
長谷部:もともと渋谷のこの辺りをもう少しオープンにしたいと思っていて、実験的に始めていたんですよね。
数年前からハロウィンが問題になってたじゃないですか。渋谷にみんな集まってきて盛り上がるのはいいけど、ビルや駅や店のトイレを着替えやメイクで占拠したり、ゴミを捨てて帰っちゃう。地元はものすごく迷惑を被っていて、なんとかしたい。
そこで「ゴミ出すな!」と規制するんじゃなくて、みんなで拾うこともイベントの一部にしたり、着替え場所やエコステーションを区から提供して、決まった範囲のなかで自由にやってという方向を目指すことにしたんです。範囲が決まってる方が警備しやすいし、ゴミ拾いについても応援してくれるスポンサーがいるんじゃないかと始めてみた。
駒崎:そういう中で、DJカウントダウンとか盆踊りも生まれましたよね。
長谷部:盆踊りは、集まって来ちゃう人達を何とかするのではなく、新しく文化を立ち上げる人達とタッグを組むイメージです。この街が国際都市として成熟していくにあたって、日本伝統の文化芸能みたいなものを大切にしなきゃいけない。
ちなみに恵比寿駅前の盆踊りは山手線の駅前で行われる盆踊りとしては一番大きい盆踊りで、もう65回もやっているんだけど、外国人もいれば若い人も子どももいたり、いまどきの曲で踊っていたり、色々が交じり合っていて素晴らしい。
こういう感じを渋谷でも作ると新しい文化が生まれる可能性があるなと思って、地元の商店会などとも一緒に交渉し続けた結果、渋谷警察や警視庁の多大なるご理解のもとで実現に至りました。幸い、非常にも好評でしたし、続けていくとますます良い文化に育つだろうなと思ってます。
駒崎:世界的名所で、しかも日本の文化を感じる盆踊りって、画として最高ですね。109とやぐらがあって。違いが混ざり合ってそして新たな文化として、力として発信していくっていうことですよね。
長谷部:そう、常に何かと何かをハイブリットしていく感じがこの街の良さだと思っています。
渋谷区の目指すこれからの保育とは
駒崎:そこから転じて子育て、保育となると、まだ課題もありますよね。待機児童も多く、病児保育施設がひとつもなかったり。子育て関連に関する区長の課題認識はいかがでしょうか?
長谷部:自分が子育て世代で、3人の子どもの現役パパで、一番下の子は保育園。保育園が足りてないのもよくわかってる。まずは増やすということなんだけど、渋谷区はとにかく土地が高くて、難しい。
駒崎:そうなんですよね。
長谷部:あと、23区のなかでとりわけ保育料が安いというのもあって、子育て層が流入してるっていう良い面もある一方、待機児童が全然減らないという局面が続いていて。小池都知事も保育園設置についてはどんどんサポートしてくれているので、渋谷区はもっともっと積極的に取り組んでいきます。
もうひとつ、保育の質は共通の水準でなんとか担保したいのと同時に、個性のある保育がたくさんあっていいんじゃないかなと思っています。先進国は皆そこに比重を置きだしている。渋谷区の幼児教育を考えた時に、バラエティに富んだ個性のある保育の中から、好きなものが選択できたらいいな、と。
世界中のメソッドが集まってくると、そこでハイブリッドが起きて、5年10年かけて渋谷区らしいスタイルができるのではないか、と考えてます。
フローレンスの病児保育、障害児保育、ピースフルスクールプログラムを取り入れた認可園なんかも、その最たるもの。事業者の方々がそれぞれ特色をもった保育を実現できる土壌を作っていきたいと思います。
駒崎:今回公募に手を挙げさせてもらい、初台で複合型保育施設「おやこ基地シブヤ」がいよいよ10月1日にオープンとなります。
駒崎:医療的ケア児をお預かりする「障害児保育園ヘレン」と健常児が主体の認可保育園「みんなのみらいをつくる保育園」、そして小児クリニックを併設した「病児保育室フローレンス」が一つのビルに入るという、日本でも珍しい試みの施設になります。
様々な子ども達を一つの施設で受け入れられる、というのが最大の特徴で、タグラインは「すべての親子に保育の光を」です。
医療的ケア児については、渋谷区だけなく東京全体を見渡しても預かる保育園はほとんどありません。同じく、病児を預かる場所も全く足りていません。
でも保育って、健常で健康な子どものためだけにあるものではない。障害児も病気の時も保育が受けられる、親は支えてもらえる、という状況を作るべきと思っていて、言ってみれば多様な保育のありかたを一つに詰め込んだハイブリッド施設が、おやこ基地シブヤです。
ですから、長谷部さんがお話されてきた「ちがいを力に変える」というところで、軌を一にするところがあるなと思ってます。
長谷部:渋谷区待望の病児保育室、そして障害児保育園が認可保育園と同じビルに入るというこの施設、すごく期待しています。この先、色々なことが起きていくと思うけど、そこから周りの人たちがどう影響をうけるか。ぜひ、良い影響を受けてほしいと思います。
駒崎:おやこ基地シブヤだけがショーケースとして多様な保育を実現するのではなくて、例えば病児保育なら、渋谷区内の保育園でお熱が出た子どもがいたら助けに行って病児を搬送するとか、区全体の病児保育インフラに貢献できたらと思ってるんです。他の保育園が「協力しない」って言ったらできないんですけど、うまく連携してやれたら。
これまで保育園同士って横のつながりがない業界だったんですが、お互い親子、子どものために横連携してインフラとしてつながっていけたら、点としての保育ではなく面としての保育が実現できるかなと思います。
長谷部:本当にそう。そうなって欲しいね。渋谷区としても支援をしていきたいし、こちらがお願いしていくこともあると思います。
オリンピック・パラリンピック目前、マジョリティの意識が変わる節目
駒崎:保育業界はコンサバティブなところがあって、子どもが病気の時は親が引き取りに来るべきでしょ、的なとこがありますからね。
あとは、障害のある子の母親の常勤雇用率はわずか5%。障害のある子を産んだら仕事ができなくなるというハンディを負ってしまうのは、ちがいが力にならないと思う。障害がある子を産んでも働き続けられる、自己実現できるという渋谷区であって欲しいなと思います。
長谷部:今、障害に対して意識が変わろうとしている大きなチャンスだと思っていて。渋谷区って2020年のパラリンピックでパラ卓球、ウィルチェアラグビー、パラバドミントンと3種目の競技会場を持ってる区なんですよ。徹底的に応援して一緒になって盛り上げていきます。
障害のこともLGBTも似てるんだけど、みんな頭でなんとかしなきゃって分かってるけど、エモーショナルに感じきれてない。つまり、これはマイノリティの問題ではなく、マジョリティの意識変化が求められているということ。
2012年のロンドンパラリンピックがそうでしたよね。”MEET THE SUPER HUMANS”
駒崎:あのCMむっちゃかっこよかったですよねえ…!
長谷部:手を差し伸べる対象から尊敬の対象へ。それから、交ざりあうことの大切さ、とかね。
自分もグリーンバードで実感したんだけど、障害者とか健常者とか言われるすべての人間が、当たり前だけど全く一緒なんです。障害者の中にも、健常者の中と同じようにぺらぺらしゃべって全然ゴミを拾わない人がいれば、すごく集中してゴミを拾う人がいたり、いい奴もいればやんちゃなヤツもいるという。
ある時のことなんだけど、知的障害児のお母さんが「素敵な機会をいただきありがとうございました」って僕に声をかけてきた。
「15年間、知的障害者の息子を見てきて、初めて社会の役に立つ息子を見たんです」って。これは、あーーっと思った。要するに、福祉的なサポートって手を差し伸べることだけだったんだけど、お金をかけたりせずに交じわることだけでこんな喜びを感じていただけるというのは今まで自分に欠けていた視点だったな、と。
マジョリティ側が感じることができる機会が大切なんだよね。触れ合うことをしないとみんな感じることができないから、そういう機会をたくさん作っていきたいなと思います。
だから、「オリンピック・パラリンピック観戦ツアー渋谷シリーズ」みたいなのをやっていて、年1回大会にしています。デモンストレーションじゃなく大会にしたから、みんなすごい熱い試合をやってくれて、観に来た人もみんな感動する。決して手を差し伸べる対象じゃなく、心で交わることができる。
駒崎:僕もこの間初めてパラバスケ(車椅子バスケ)をやってみたんです。やるまでは障害者スポーツだと頭で認識してたけど、自分でやってみたらめっちゃ楽しかった。これ地元でもやりたいって思いましたね。
障害者スポーツじゃなくて、「障害者もできる」というスポーツにしたらいいなと思いました。僕たちがやってもいいし、特に障害あるなしじゃなく、障害がある選手の方がうまい!すげえ、みたいな。
長谷部:頭じゃなく身体で、ハートで理解できるのがスポーツのいいところだよね。
それは、教育の分野もできるはずなんだと思います。なるべく交われるほうにシフトしていきたいなと。
だからこそ「おやこ基地シブヤ」のように、保育の時代にそんな経験ができるとすごくいい。障害のある子とない子が隣同士にいて一緒に成長してくと、きっとハートで感じられると思うんです。
障害を持ってる人は世の中に5%以上いるわけだから。もっともっと普通に暮らしていけるようになるためには、何よりマジョリティの意識の変化が大切です。
駒崎:まさにそんな「ちがいを ちからに 変える街。」渋谷区で、新たな挑戦ができるということ、大変嬉しいです。
NPOと行政、という違いを力に変えられるようにしていけたらいいな、と。NPOだけではできないところ、行政だけではできないとこをやってきたいと思います。
長谷部:新しい息吹をぜひ渋谷区にもたらしてください。期待しています!
いかがでしたでしょうか?行政とNPO、民間企業、街の人々……様々な登場人物が得意分野を活かすことで新しいサービスや文化、価値観が生まれます。
多様な子ども達が共に育つ「おやこ基地シブヤ」はこうした風土のある渋谷でまずはスタートを切ることになりました。フローレンスは、近い将来どんなエリアにおいてもすべての親子に保育の光が届くことをあたりまえにするため、これからも業界や業種の垣根を越えて、様々なステークホルダーと連携していきたいと思います。
>>>インタビュー前編「博報堂からNPO代表、そして渋谷区長に。異色の経歴をもつ区長が語る、区政×NPOの相性の良さとは」はこちら
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