駒崎 弘樹 公式ブログ 提言・解説・アイディア

ベビーシッター宅での2歳児死亡事件についての解説

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悲しむべき、痛ましい事件が起きました。自ら、病児保育や小規模保育を行う事業者として、そして国の審議会において制度立案に関わる立場として、再発を防ぐべく、今回の事件を解説します。
【事件の概要】
2歳と8ヶ月の子どもを育てる20代のシングルマザーが、ベビーシッターのマッチングサイト「シッターズネット」http://sittersnet.jp/を使い、男性シッターに泊まりがけの保育を3月14日に依頼したところ、お迎えのタイミングで連絡がつかなくなり警察に連絡。警察が3月17日、埼玉県富士見市のベビーシッターが保育室として使っているマンションの1室に入った所、2歳の子どもが亡くなっていて、8ヶ月の子どもは無事保護された、というもの。
なぜこのような痛ましい事件が起きてしまったのか。背景や構造を見てみたいと思います。
【ベビーシッター業界のしくみ】
ベビーシッターという自宅において子どもを保育者が預かるサービスは、主にベビーシッター企業によって提供されています。業界団体加盟企業だけで100社。加盟していない企業も合わせると、全国で500社程度あるのではないかと言われています。
企業は保育士や無資格の子育て経験者等をベビーシッターとして雇用、もしくは請負契約を結びプールする一方で、顧客である利用者を募ります。利用者は登録を行い、利用したい時に企業に連絡をし、企業は自社で抱えるベビーシッターを派遣します。
ベビーシッターの時給は東京では800円〜1200円程度が相場。マンツーマンなので、この時給がそのまま価格に反映されます。よって、ベビシッター料金の相場(東京)は1600円〜2300円/時程度。上乗せ分は、企業がシッターを採用・研修する経費や、本部スタッフや管理費に充当されます。この他入会金や年会費等が必要になる企業も多いです。
【ベビーシッター企業と個人シッター】
一方で、彼らベビーシッター企業とは別に、個人シッターという人達がいます。どこにも所属しないで、ベビーシッターを名乗って個人事業を行う人達です。一般的にベビーシッター企業に依頼するよりも、安く発注できます。(1000円〜1500円/時 程度)
一般的にある程度の規模のベビーシッター企業は、シッターを採用する際に、募集・選別、そして研修にコストをかけますが、個人シッターにその必要はないため、その分安価な受注が可能になります。一方、質の面では、優れた保育者もいますが、全くの素人もいて玉石混交です。
価格に重きを置かざるを得ない事情を持つ人々が、シッターサービスを必要とする時に、こうした個人シッター等に流れていってしまう、という状況は現実に存在します。
【マッチングサイトの役割】
さて、今回の事件の発端となった、「シッターズネット」を始めとする「ベビーシッターマッチングサイト」は、主にこうした個人シッター(や広報力の弱い小規模なベビーシッター企業)と利用希望者を結びつけるサービスです。
個人シッターや小規模企業はマーケティング力が弱いため、マッチングサイトに登録するのはメリットがあります。一方利用者は、通常のベビーシッター企業よりも低価格で発注できる相手を、素早く見つけられるメリットがあります。
マッチングサイト側は基本的には品質管理等を一切行わず、個人シッター等から登録料やマッチングフィー等を取るモデルになっています。
この「品質管理をしないでマッチングのみを行う」サイトを利用した(せざるを得なかった)ということが、今回の事件を生み出した要因の一つだと思います。
【脆弱なショートステイインフラ】
更に今回の親御さんの状況を見ると、最も公的保育の弱い部分において、ニーズを抱えていたと思います。ひとり親だった彼女は、おそらくは仕事の関係で宿泊を伴った預かりを希望していました。そうした場合、「ショートステイ」というサービスが必要になります。
現在、こうした「ショートステイ」は自治体の運営する子ども家庭支援センター等で行われていますが、必ずしも使い勝手が良いものではありません。
例えば横浜市では、「24時間緊急一時保育」という名前でサービスを行っていますが、人口370万人都市にも関わらず実施園は2園のみです。
また、そもそも、横浜市のWEBからこのサービス説明に行き着くまでが非常に大変で、僕は10分探しても見つけられませんでした。一般の人はほとんど見つけられないのではないでしょうか。
こうしたことによって、泊まりも対応してくれるベビーシッターしか手段がなくなり、品質はどうあれ安いシッターと出会える、ベビーシッターマッチングサイトを使わざるを得ない状況が、作られていったことが想像できます。
【問題の構造】
翻って、そもそもなぜ企業が提供するベビーシッターが高いのか、を考えます。
それはマンツーマンであり、シッターの時給に採用・研修・管理費等が乗るからですが、よく考えると保育所等も膨大な人件費が掛かっています。しかし、保育所の場合、毎日10時間預けても、平均して3〜4万といったところ。所得に応じた額なので、低所得世帯は無料だったりします。
何故でしょうか?同じ時間ベビーシッターに預けたら、30万円近くになります。そうです。保育所には税金(補助金)が投入され、ベビーシッターには投入されていないためです。
政府は、基本的には保育所等の施設には補助金を投入してきましたが、ベビーシッターには補助をほとんど投じることはしてきませんでした。(※1)
つまり、こういう構図が浮かび上がります。
政府による税投入がない→企業ベビーシッターサービスが高くなる→個人シッター等が(質を犠牲にして)低価格を売りに広がる→子どもの命を失うリスクが高まる
マッチングサイトは、この構図を媒介するツールとして機能した、ということが言えます。
【なぜ政策支援がなかったのか】
保育所が提供する、日々の預かり。これを「通年保育」という言い方ができます。ベビーシッターが主に活躍するのは、ここから外れたイレギュラーな保育、例えば夜間や休日、お泊まり等です。
こうしたところには、保育所が行う場合において加算がつく、という仕組みで国は対応してきましたが、あくまで周縁的な存在でした。
一方で、働き方とライフスタイルは、多様化の一途を辿ります。ひとり親は増え、サービス業の増加と言う産業構造の変化から、土日に働く人は増え、夜間や深夜に働く人も珍しくなくなりました。以前ならば通年保育の範囲でほとんどの人達をカバーできていたものが、できなくなってきました。
しかし状況は、通年保育の数さえ足りない状況です。その中で、周縁的な保育サービスを充実していこう、という観点にはなりづらかったのです。そして、今この文章を書いている時点ですら、待機児童解消には1兆1000億かかるのに、財源は7000億しか確保できていません。
我が国は、子どもと子育てに社会的投資をする額が、圧倒的に少ないのです。
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【問題の処方箋】
補助がないためにベビーシッターが高額になり、安価な個人シッターに流れる、という構造的問題を、具体的に解決するために考えられるのが、「ルールに基づき、ベビーシッター利用者に補助をする」ということです。
特に低所得者やひとり親等が、安価にベビーシッター等を利用できるよう、「全国ベビーシッター補助券」のようなものを提供します。
そして、このクーポンを使えるベビーシッター企業に対し、きちんと届け出と情報開示義務等のルールを課します。
そうすることで、利用者にとってベビーシッター企業が提供するサービスが安価になり、質に問題がある安価な個人シッター等を利用するインセンティブが減り、事故リスクが減っていくことが考えられます。
フランスではベビーシッターを使った費用は、税金から控除する、というように、実質的な利用者補助が行われていますし、諸外国でも同様の制度が存在します。
とはいえ、もちろんその財源が必要なのは言うまでもありません。
例えば配偶者控除を廃止すれば3800億円の国税収入が得られます。3800億というのは、日本中のベビーシッター利用者にあまねく補助をしてもおつりがくる額です。
また、もっと言えば、例えば多額の資産(5000万〜1億円・1億円以上)を持っている高齢者の年金を、月3万〜5万円削減すれば、4.5兆円捻出できます。(※2)
4.5兆と言えば、日本中の全ての子ども達に十分な量の保育所と幼稚園と病児保育とベビーシッターを提供できる額です。
【まとめ】
この悲劇を二度と繰り返さないためにも、しかるべき制度改正が行われることを強く願います。
決して、「知らない人に預けるなんて、ひどい母親だ」という母親叩きや、
「無資格でもできるベビーシッターなんて、信用できない」というベビーシッター叩きに堕さない、
前向きな取組に繋がってくれることを、心から祈っています。
「構造」の犠牲になった子どもへの、それがせめても弔いではなかろうか、と思うのです。
補足
※1
例外は「行政版ベビーシッター」とも言えるファミリサポートセンター事業で、これは税投入がされていることから、700円〜900円/時という安価な設定になっています。しかし、自治体によっては実施されていない、保育者の数が恒常的に足りなくて依頼しづらい、長時間は難しい等、課題は多々あります。
また、経産省の外郭団体であるこども未来財団が、ベビーシッター育児支援割引券を発行していますが、登録企業の従業員でなくては使えないこと。また補助額も低額である等の問題があります。
 
※2
同志社大学の柴田悠准教授の試算による。
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