駒崎 弘樹 公式ブログ
事業ニュース
赤ちゃんの命を救う特別養子縁組
茨城県土浦駅から車で10分くらいのところに、NPO法人Babyポケットの母親のための滞在施設があります。
Babyポケットは、望まない妊娠をした母親達を支援し、産まれた子ども達を、子どもがほしい養親さんと結びつける事業を行っています。今日はこの団体にヒアリングを行いました。
代表の岡田さんは、自分の母親の持ち物である民家を滞在施設にして、経済的理由から着の身着のまま辿り着いた妊婦達を受け入れています。
同席してくれた中国地方出身の20代の妊婦のXさんは、以下のように語ってくれました。
「私は父親と9歳で死別し、母親は蒸発しました。その後親戚に引き取られたのですが、カップラーメンしか食べさせてもらえなかったり、叔父から身体的に虐待され、精神的に病みました。中学生の頃に何度か自殺未遂をしたところ、17歳まで病院に入院することになりました。その後、高校は通信制で1年勉強しましたが、1人で食べていかなければいけなかったので、辞めました。だから、中卒です。
精神病院から退院して、親戚からも絶縁されていたので、食べていくためにファーストフード店で働いたのですが、十分な生活ができるほどは稼げませんし、体がついていきませんでした。もっと短時間で稼がなくては、とキャバクラで働き始めたのですが、お酒を飲まなくてはいけない仕事で体を壊しました。お酒を飲まずに、短時間で稼げるといったら、風俗になります。最初は軽めのものから始めたのですが、いつの間にかハードな仕事を受けざるを得なくなってしまいました。
ただ、生活は安定し始め、ちょっとですが貯金もできるようになってきました。その矢先、仕事からの帰り道、歩いていたら突然車の中に押込められて、薬をかがされ、そのまま拉致されました。気づいたら明け方のコンビニの前に捨てられていました。集団でレイプされたようです。
精神的に警察に行ける状況ではありませんでしたし、行って根掘り葉掘り聞かれるのも嫌でした。
事件直後に、産婦人科に行ってアフターピル等も処方してもらったのですが、それが効かなかったようで、妊娠しました。気づいた時にはぎりぎり法的には中絶しても良い期間だったのですが、広島ではやってくれる病院はありませんでした。かといって、他県に行って手術を受けるお金もない。仕事も休んでいると収入も入ってこず、どんどん追いつめられてきました。そんな時に、ネットで検索して、Babyポケットさんに辿り着きました。」
市役所や行政には相談しなかったのですか?と聞くと
「役所に相談すると、児童相談所を紹介されましたが、児童相談所は産んだ後に対応してくれるということでした。病院と役所から『すぐ警察に行ってくれないと困る』と言われて、不信感を持って、そのまま足が遠のきました。」
という答えが返って来ました。
生活保護等のセーフティネットに関しても
「住んでいたところが、風俗店の寮だったので、多分生活保護とかは無理かな、と。風俗やってるのに生活保護とか、絶対変な目で見られるでしょうし。第一、お店が許さないと思います。お店の友人達も、そんなに親身には相談に乗ってくれるような間柄ではなかったです。闇金も今は厳しくて、まず2、3万借りて返して実績をつくって、その後10万以上、というような感じなんです。」
と。
Xさんの横には、山陰地方から来て出産し、養親に子どもを託したZさんがいました。Zさんは茨城でパートタイムの仕事を見つけ、合間にBabyポケットに関わることで、自分と同じ境遇にある若い母親をサポートしています。
Zさんは、つき合っていた男性の子どもを産むつもりだったが、途中で男性がいなくなってしまい、1人で産み育てる自信も経済力もなく、追いつめられ途方に暮れていたところ、テレビでBabyポケットを見て駆け込んだそうです。
Xさんに「ここに来なかったらどうしていたと思いますか?」と聞くと、彼女は顔を伏せながら、「分かりません。一生懸命流産する方法を考えたと思います。あと多分、家で1人で産んで、その後捨ててたかも知れません。ひどいですよね。分かっています。でもどうしようもできなかったんです。」とリストカットでギザギザになっている腕をなでながら言いました。
民間の特別養子縁組団体は、Babyポケットも含めて全国に15団体程度。行政からの支援は全くなく、養親からのマッチングフィーのみで運営しているため、どの団体も小規模です。しかし、確実にある種のセーフティネットになっているのは間違いありません。
日本では毎年50人近くの子ども達が虐待で死んでいて、そのうち半数が産まれたばかりの乳児。計算すると、2週間に1人、この世に生を受けた瞬間に実の母親から殺されている赤ちゃん達がいることになります。特別養子縁組が、人知れずこうした失われるはずの命を救っているのです。
けれど、政府は支援をしないどころか、全く逆向きの方向性に進んでいます。一部の国会議員が、「養子縁組あっせん試案」(http://p.tl/y7vW)を作成。ここでは出産後3ヶ月の特別養子縁組を禁じることに。もしこの法案が通れば、民間の特別養子縁組団体は、出産後すぐのマッチングが不可能となります。愛着形成が最も重要な産まれてから数ヶ月の時に宙ぶらりんとなることで、赤ちゃんの後々の発達に大きな負の影響を与えてしまいます。また、不安定な精神状態の性犯罪被害者や精神障害を持った、孤立した母親達は、出産後最も大変な時期を、マッチング団体の手を借りることなく、1人で乗り切らなくてはならなくなります。
日本人の子ども達を、海外の養親が引き取るケースを新聞記者や議員達が問題視したことが、試案作成の発端だったそうです。しかしそれでどれだけ多くの命が失われていくことになるのか、赤ちゃん自身の愛着形成に影響があるのか、彼らは本当に分かっているのかは疑問です。
最も弱い立場にいる母子への支援に人も金も割かないばかりか、民間の取り組みを支援できないでいる政治と行政。少子化で次世代を育むことを、社会全体で行わなければならないはずなのに。今こそ、我々国民がこの分野にしっかりと関心を示し、政治や行政を揺り動かしていかなければならない。そう強く感じました。
※特別養子縁組がよく分かる動画『マザーズ 「特別養子縁組」母たちの選択』