「ポスト待機児童時代」を乗り切るために必要な保育施策とは
女性の就業率が上昇し、保育ニーズが高まる中、とにかく保育所を増やして待機児童を減らすことが、近年の国や自治体の大きなミッションでした。
そして、国や自治体が頑張ってくれた結果、平成29年以降、待機児童数は目に見えて減少し(平成29年から令和2年にかけて、全国の保育所等数は4,859ヶ所増加、待機児童数は13,642人減少)、令和2年4月1日時点の待機児童数は12,439人となっています※1。
(出典)厚生労働省子ども家庭局保育課「保育所等関連状況取りまとめ(令和2年4月1日)
このペースで待機児童が減少していくとすると、3年後の令和5年には待機児童がゼロになっていきます。
(フローレンス作成)
これ自体はとても良いことです。念願の待機児童解消が実現するわけですから。しかし、この過程において、色々と厄介な問題が出てきます。
【定員割れする保育園の増加】
待機児童が減っていくというのは、保育ニーズが減っていく、ということになります。そうすると、定員割れする園がどんどんと出てくる、ということになります。保育園は「子ども一人あたり補助」なので、定員が一定程度割れたら採算が取れず、閉園しかありません。
現在、首都圏でも既に保育園の閉園が相次いでいて、保護者や保育士らが困惑しています。
《閉園の事例》
2019年11月 世田谷区の認可外保育園 経営難を理由に閉園通知※2
2020年9月 東京都認証保育園4園(新宿区2園、大田区1園、豊島区1園)
2020年度末での閉園通知※3
2020年10月 千葉県印西市の認可保育園 経営難と人員不足を理由に10月末での閉園通知(市は閉園不承認)※3
「ニーズが無いんだから潰れて良いんじゃない?」という声も聞こえてきそうです。それが市場原理だよね、と。
しかし、実はそんなシンプルな問題ではないのです。
例えば、60人定員の保育園の稼働率が落ち、40人しか子どもが通わなかったとしましょう。成り立たなくなって潰れます。そうすると、40人の子どもたちの行き場所はなくなり、40世帯の保護者は失業する恐れが出ます。
普通の市場なら代替者が出るでしょう。カフェが潰れたら、ちょっと遠いところのカフェに行くだけです。しかし、保育園は定員数が決められているので、ちょっと遠いところの保育園が40人を受け入れるということはできません。
では、その40人のために保育園を作ればいい、と思うかもしれませんが、保育園は認可制になっているので、認可園ならば1年半、小規模認可でも半年以上はオープンまでかかります。閉園した後に迅速に受け入れることはできないのです。また、そもそも定員割れで潰れたエリアに同じように保育園をつくろう、という参入事業者自体が出てきづらいでしょう。
こうした各種制約に加え、児童福祉法第24条で、市町村長に保育提供義務が課されているので、保育園の子どもが少なくなったら、「じゃあ後は閉園でもなんでもご勝手に」というわけにはいきません。親の就業等の理由で保育に欠ける子どもたちが保育を受ける権利は、法でしっかり保障されているのです。
このように、保育園の制度の特徴と、権利性を鑑みて、単純に市場原理を当てはめてしまってはいけないのです。
【ポスト待機児童時代に必要な保育施策】
そこで、待機児童が減っていくこれからの時代(ポスト待機児童時代)に必要な施策を4つ提案します。
■施策その1 人員配置基準の見直し
「児童福祉施設の設備及び運営に関する基準」において、人員配置基準(保育士1人に対して子どもを何人まで保育できるのかを示す基準)が定められていますが、海外と比較しても1人の保育士が見る児童数が多すぎます。特に、3歳児は1人の保育士が20人、4歳以上児は30人となっていて、目を行き届かせるのは到底無理な児童数です。
安全で質の高い保育を提供するためには、十分な数の保育士が配置されるように人員配置基準の見直しが必須です。待機児童問題を解消するために保育園を増設していくフェーズでは、保育士不足で人員配置基準を見直すことは難しかったですが、ポスト待機児童時代はその見直しを行うチャンスです!
■施策その2 保育園バスの普及
特に都心部だと、保育園に徒歩や自転車で通うのが一般的で、多くの保護者は徒歩圏内の保育園を希望します。なので、子どもの数に対し、保育園が足りていない地域では待機児童が発生し、それ以外の地域では、定員割れが起きることもあるでしょう。ポスト待機児童時代においては、その傾向が顕著になると考えられます。
でも、保育園バスがあったらどうでしょう?
保育園不足の地域に住む子どもが、バスで少し遠い定員割れ保育園に通うことも可能になるので、待機児童問題と定員割れ問題を解消できることになります。
園バスの費用を公定価格に盛り込んでいくことを検討する必要があろうかと思います。
■施策その3 保育園で障害児の児童発達支援を可能に
児童福祉法により、未就学の障害児は、障害児通所施設に通い、児童発達支援(日常生活における基本的な動作の指導、知識技能の付与、集団生活への適応訓練等)を受けられます。障害児通所施設には、利用定員に応じた報酬や児童指導員等の配置加算額などが支払われます。
現在、保育園と障害児通所施設は、隣接させることはできても、混ぜ合わせる(保育園で障害児の児童発達支援を行う)ことはできません。
「障害のある子どもは障害児通所施設で、健常児は保育園で」という分断を早期に生むことは、社会的包摂(インクルーシブ)の理念からは遠ざかってしまいます。
ポスト待機児童時代においては、定員に空きがある保育園において、障害児を受け入れ、児童発達支援をできるようにし、障害児と健常児が一緒に過ごして成長できる環境を構築していくべきと考えます。
■施策その4 小規模保育事業の新類型を追加
ポスト待機児童時代においては、スポット的に発生する待機児童に対応するため、スピーディーな立ち上げと撤退が可能な保育サービスを考える必要があります。
そこで提案したいのが、新しい小規模保育事業の類型です。
小規模保育事業とは、2015年に開始された「子ども・子育て支援新制度」の地域型保育事業の1つで、対象児童は0~2歳児、定員は6~19名で、職員数や職員資格等に応じてA型(保育所分園、ミニ保育所に近い類型)、 B型(中間型)、C型(家庭的保育に近い類型)の3類型に分かれています。
出典:内閣府「子ども・子育て支援新制度ハンドブック」(平成27年7月改訂版)
https://www8.cao.go.jp/shoushi/shinseido/faq/pdf/jigyousya/handbook5.pdf
この3類型に、新たな小規模保育事業の類型(小規模保育事業S型)を追加することを提案します。
《小規模保育事業S型(案)》
- 定員数:2~8人
- 対象児童:0~5歳児
※スペシャルニーズがある子どもにも対応できるように5歳まで - 職員資格:保育士
- 施設要件:既存の施設要件とは別に定める。公民館や児童館、小学校等の空きスペースでも運営可能にする。
ポイントは、これまでの小規模保育のように商業ビルやマンション等だけでなく、既存施設要件にこだわらず、児童館や公民館、小学校等の地域資源の中でも運営できる点です。そうした「改装と所有」を前提としない形態であれば、少人数の保育の受け皿をスピーディに整備でき、待機児童がいなくなった場合にも撤退しやすいです。
一方で、保育の質を担保するために、職員全員が保育士資格を保持することとしています。
厚生労働省、内閣府、自治体のみなさん、ポスト待機児童時代を乗り切るために、以上の4施策の検討を進めてください!
よろしくお願いしますっ!
※1 厚生労働省子ども家庭局保育課「保育所等関連状況取りまとめ(令和2年4月1日)」
https://www.mhlw.go.jp/content/11922000/000678692.pdf
※2 NHK 「突然の閉園で見えてきたもの」
https://www.nhk.or.jp/shutoken/wr/20191226.html
※3今野晴貴(NPO法人「POSSE」代表)「保育園の最大手が全国で「一斉閉園」 なぜ保育ビジネスの「撤退」が始まったのか
https://news.yahoo.co.jp/byline/konnoharuki/20201122-00208920/
※4 株式会社シード・プランニング「諸外国における保育の質の捉え方・示し方に関する研究会 (保育の質に関する基本的な考え方や具体的な捉え方・示し方に関する調査研究事業) 報告書」( 平成31年3月29日)
https://www.mhlw.go.jp/content/11907000/000533050.pdf